또 이상한 일이 일어나지는 않으려나.

하늘이 무너질까 걱정하며 밤에도 자지 못할 리는 없다만, 그런 마음이 드는 것은 귀찮은 일에 너무 익숙해 져버렸기 때문이려나. 마오마오는 멍하니 생각하며 의무실을 청소한다. 의관 조수 셋의 일은 이걸로 끝. 숙사에 돌아가면 따끈한 저녁밥을 만들자.

"아~ 오늘은 즐거웠으니까 내일도 이런 느낌이였으면 좋겠네~ 이 뒤에 시간이 있으면 식사라도…"

엔엔에게 작업거는 젋은 의관이 일이 끝날 때 말했다.

"일지를 못썼습니다. 류의관이 곧 돌아오시기에 쓰시는 게 좋습니다"

엔엔은 일자를 의관 앞에 두고 상의를 꺼내고 야오에게 말을 건다.

"아기님, 차가우니 제대로 뎁히세요"
"알고 있어…"

목에는 제대로 목도리도 둘렀다.

마오마오는 솜옷을 입고 살짝 젊은 의관 앞에 선다. 참고로 리의관이라고 하지만 '리'라는 성은 두 사람이 더 있기 때문에 그다지 고유명사로 부르지 않는다. 이름은 '텐유우'지만, 마오마오 일행은 한 번도 그렇게 부른 적이 없다. 이유로는 텐유우가 처음에 '가볍게 이름으로 불러줘'라고 말했기 때문이다. 마오마오, 야오, 엔엔 세명이 셋 다 각자 다른 성격을 지니기에 절대 안부르는 것이다.


"그럼 실례하겠습니다"
"실례하겠습니다"
"아기님, 저녁식사는 뭐가 좋습니까?"

'완전히 무시하는구나'

오늘은 꽤나 끈질기에 말을 걸은 것같았다. 의국에서는 텐유우가 손을 흔들지만 돌아보는 기미도 안보인다.

'돼지고기가 좋아, 돼지, 돼지'

춥기에 기름진 돼지고기를 먹고 싶다고 야오에게 사념을 보낸다. 의국을 나오자 차가운 바람으로 귀가 뜯어져 버릴 것같다.

"그래, 닭이 먹고싶달까. 바삭하게 껍데기를 구운 걸로"

야오에게 마오마오의 사념은 안닿았다. 하지만 닭도 안나쁘다.

"그럼 상큼한 걸 곁들이는 게 필요하겠네요"

바로 마오마오는 대화에 낀다.

"그러네, 신선한 것도 먹고 싶어"

야오가 대답하기에 엔엔이 마오마오를 본다.

"그럼 마오마오, 야채가 부족하니까 가와주세요"

엔엔의 눈은 '일하지 않은 자 먹지도 말 것'리고 전하고 있었다. 할 수 없지, 마오마오는 어깨를 떨구고 떨며 끄덕인다.

야오와 엔엔과 헤어져 시장으로 가기로 했다.


시장은 해가 지고 있기에 반 이상이 가게를 닫았다. 노점은 이제 안 열려 있기에 다소 값이 나가곘지만 점포를 살핀다.

'이런 계절이니 참외는 없으려나. 인삼이랑 무'

튼실한 좋은 무가 진렬된 점포를 찾아 다가간다. 가격을 보자 맛있어 보이는 만큼 가격이 비싸다. 노점에서 파는 것보다 두 배는 하는 걸까.

'덤을 주지 않으려나'

가계의 아저씨과 교섭만 해봤지만 마오마오의 얼굴을 보고 미안할 정도로 거스름돈을 받았다. 여기서 야오라도 데려왔다면 더 가격을 후려쳤을 지도 모르겠다.

"예, 값"
"어~ 잠깐 기다려라"

아저씨는 마오마오에게 받은 동전을 지긋이 본다.

"표면이 닳은 동전도 아닐 터인데"

동전에 흠이 있으면 가치가 떨어진다. 가격을 깍아 줬다 해도 트집을 잡으면 못참는다.

"아~ 미안. 최근에 나쁜 놈이 있어서 말이요. 다른 것을 넣은 동전이 많아"
"이런 액이 작은 동전에 다른 걸 섞을 리 없지"

금이나 은이라면 몰라도 동전에 다른 걸 섞는 게 더 힘들다.

"아~ 미안, 미안해. 방근 전에 당해서 살짝 신경질이 난 것같아. 대신에 이거 추가로 줄께"

아저씨는 능숙하게 끝으로 당근과 무를 묶고 덤으로 순무를 하나 더 주었다.

'이라면 뭐 용서하자'

잎사귀는 소금에 절이면 죽과 맞고, 열매부분은 초무침에 넣어 먹자.

"엽전만이 아니야. 비녀같은데도 비율을 속인 게 있는 것같다네. 순금이라고 해서 샀는데 도금이었다는 이야기는 자주 나니까, 아기씨도 조심해"

노천상점에서 자주 있는 이야기다 가게을 바로 정리하는 게 가능하니까 말빨로 손님을 불러들이고 조악한 물건을 팔아 알아차리기 전에 사라진다 한다.

"엽전은 어쨌든 장식품이라면 외관으로 알아챌 수 없으니까. 도금을 알아차리기 위해서


「銭はともかく装飾品になると、見分けがつかないからなあ。鍍金をはがすために噛みつくわけにもいかんし、似たような色合いの金属使っていたら見分けがつかんし」

「……一応、噛みつかなくても、判別つく方法があるよ」

「本当かい?」


 ちょっと疑心暗鬼に小父さんが見る。


「本物の金なら他の金属より重いだろ、だから――」


 器に水をぎりぎりまで入れる。測りたい物を器に入れ、零れ落ちた水の量を調べ、その水と同じだけの体積の金を用意する。


「同じ素材で出来ていれば、重さは変わらず。混ぜ物が多ければそれだけ軽くなる」

「ほぉ。そういう方法があるのか」

「ああ。でも金が極端に重いからできるのであって、他のものだと難しいかもしれない」


 小父さんが納得したところで、猫猫はもう用がない。


 寒いのでさっさと帰ることにした。




(昨日の鶏肉は本当に美味かった)


 猫猫は昨晩の夕飯を思い出しながら、仕事をしていた。薬研でごりごり薬草をすりつぶしつつ、あふれた唾液を飲み込む。


 燕燕の料理の腕はかなりのものだ。猫猫とて、多少は出来るつもりだが彼女にはかなわない。


 兄が料理人だとかなんとか言っていたが、当人も十分それに匹敵する。


 表面の皮がかりかりに焼いてあり、それをめくると薄桃色の肉。歯をたてればじゅわっと肉汁があふれる。味付けは塩と黒いぴりっとした粒はまさか胡椒ではなかろうか。燕燕の姚に対する食事のこだわりは半端なく、食費だけで賃金のほとんどが飛んでいると思われる。


 さらに猫猫が最近、食事に混じっていることが多いのでさらに出費は増えているだろう。


「……」


 そう考えると、食費を出すくらいすべきかな、と猫猫は反省する。下手な店で食べるよりもずっと美味しい。材料費くらい出しておくべきだろう。


「うんうん」

「なに頷いているの?」


 姚がいつのまにか横にいた。


「さっきから、劉医官が呼んでいるわよ」

「そうですか」


 猫猫は薬草と薬研を片付ける。


「私がやっておくから、いきなさいよ。なにしでかしたの?」

「今のところ何も」


 ああ、まだ何もしていない。


 姚の表情から彼女なりの冗談だろう。やっかみも含めた。


 猫猫は姚たちよりも薬師としての経験が多いので、二人とは別に仕事を押し付けられることが多い。薬草の採取などは猫猫がよく駆り出される。


 姚は猫猫と同じ仕事を与えてもらえないことが悔しいらしい。さっきの冗談もそこから出ている。


(前よりずいぶん柔らかくなったけど)


 姚が変わったのか、もしくは猫猫の感じ取りかたが変わったのか。


「劉医官およびですか?」

「ああ。これを」


 医官から文を渡される。蜜蝋が押してあり、印には見覚えがあった。


(玉葉后)


 普段なら、もっと違うやりかたで手紙のやりとりをするのだが、劉医官が持ってきたということは何か急ぎの用でもあるのか。


「すぐ宮に来てもらいたいらしい」


 文の内容も同じだ、詳細は書かれていない。


「では、羅――」

「いや、おまえ一人だ」


 后を見るとすれば、宦官であるおやじが適任のはずだ。猫猫一人でと言われ、首を傾げる。


「疑問に思うこともあるだろうが、先方から言われた以上、私から何も言うことはない。早く行ってこい」


 劉医官も思うところがあるが、相手は皇后だ。たとえ医官をまとめる立場にある人でも、口応えはできない。


「わかりました」


 猫猫は言われた通りにすることにした。




 医局から玉葉后がいる宮まで、馬車で連れていかれた。同じ宮廷内にあるのだが、外廷から内廷に移動するにあたり、猫猫一人がひょこひょこ歩いていくと体裁が悪いのだ。


 いくつかの門をくぐり、后がいる宮へとつく。


 後宮の宮も十分立派なものだったが、今の玉葉后の宮はその三倍以上あろうかという大きさだ。


 馬車から降り、扉の前に立つ。扉が勝手に開いた。開けたのは細身の美女だ。


(白羽だったかな)


 猫猫は思い出す。一時期だけ翡翠宮にて一緒に働いた同僚だ。玉葉后の故郷からやってきた三人の侍女たちの一人。三人の侍女は年子の三姉妹で、見た目がよく似ているが、装飾品の色で見分けやすくしていた。今の侍女は白い髪紐をしていたので白羽というわけだ。


 あとの二人は、赤羽、黒羽と言ったと記憶している。


「おまちしておりました。どうぞこちらへ」


 桜花たちみたいなおしゃべり好きな古参三人娘と違い、新入り三人娘は寡黙で大人っぽい雰囲気だ。


 いつもなら猫猫がきたら、桜花たちがうずうずしながら出迎えてくれるが、今日は静かだ。


「……何があったのでしょうか?」


 こうして猫猫一人を呼び出すのも――。


「この部屋です。直接お聞きになって下さい」


 白羽は猫猫を応接間へと案内すると、さっさと行ってしまった。


 中に入ると、長椅子に玉葉后が座って、その横に紅娘がいた。


 猫猫は頭を下げる。


「お久しぶり」

「はい。ご無沙汰しております」


 とはいえ、前回の検診以来なのでひと月経ったくらいだろうか。


「なんで呼び出したのかわかるかしら?」


 猫猫は首を振る。


 玉葉后の声はいつもより低く聞こえる。いつも明るく楽しいことはないかと目をきらきらさせている后なのに。


(この表情は――)


 見覚えがある気がした。


 猫猫が最初に玉葉后を見たとき。梨花妃と対峙していたとき、原因不明の病に脅かされていた時の不安な表情を思い出す。


「回りくどいことは抜きにして説明したほうが早いわよね。紅娘」


 后は、侍女頭の紅娘を見る。


 紅娘は卓に布包みを置く。布をめくると一本の簪が見えた。


 簪、銀で出来たものだ。面白い作りをしていて、鬼灯のような籠が飾りとしてぶら下がっている。籠細工は立派なもので、そんじょそこらの職人には作れないものだとわかる。


 だが――。


(ところどころ黒ずんでる)


 銀は腐食が早いが、黒ずんでいてそれが簪の魅力を半減させていた。あと、細工自体は立派なものだが、全体を見るとみょうにちぐはぐで物足りない。


 猫猫は首を傾げる。


「これは?」

「園遊会で私がつけていた物よ」

「園遊会で?」


 猫猫は眉間にしわを寄せる。


「貴方の言いたいことはわかるわ。いくらなんでもこのままで、園遊会に付けていたいわけじゃないの」


 紅娘が口を挟む。


(ですよねー)


 猫猫ですら、物足りないと思う装飾品を、侍女の中でもかなり煩い紅娘が黙ってつけさせるわけがない。なにかしらの組み合わせがあって、この簪を付けていたのだろうか。


「職人に急いで作らせたものだったけど、良い出来だったのよ。今は黒ずんでいるけど。あと、籠の中にはちゃんと飾りが入っていたの。籠の半分くらいの大きさ」

「飾りですか」


 鬼灯のような籠の中に飾り。確かに見栄えはいいだろう。歩くと鈴のように音がなるかもしれない。


「でもないですよね」


 籠の網目は細かく、すり抜けて落ちたようには見えない。


「園遊会の時、私はこの簪を付けていたいの。一度、昼前に衣装を変えるために宴の席を外したら、そのときにはもう簪は無くなっていた」

「……」


 後宮時代の園遊会の流れでは衣装直しの時間はなかった。だが、そうそう妃たちに近づける人はいないはずである。


「手癖の悪い侍女が紛れ込んでいたのでしょうか?」


 もちろん玉葉后に仕える侍女ではなく、給仕に来た侍女たちのことだ。


 玉葉后は首を横に振る。后にかわり、紅娘が口を開く。


「簪は今日、后への貢物の中に紛れて戻って来たの」


 運良く簪を盗み出せた侍女が良心の呵責から返そうと思ったとする。これまた運よく玉葉后の貢物に簪を忍ばせることはできるだろうか。


(無理だな)


 脅しだ。


 玉葉后のすぐそばに行くことが出来るし、宮の荷にも忍び込ませることができるぞ、という。


 後宮時代、他の妃から毒を盛られることがあった玉葉后。今は東宮の生母となり、宮も移り、前ほど危険ではなくなったと思っていたが。


『いつでも戻ってきていいのよ』


 何度か言われた言葉。玉葉后の元で働かないかということ。


 あれは、ただ慣れ親しんで言っているわけではなかったのだと、猫猫は今更気が付いた。


「猫猫。犯人を捕まえることはできない?」


 玉葉后は困ったような笑みを浮かべながら、その拳は小さく震えていた。